うちの子ものがたりが生まれた、ちいさなきっかけ
― 創業者より
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うちの子の写真は、たくさん撮ってきました。
スマホのカメラロールには、何百枚、何千枚と、うちの子の姿が残っています。ある日、それを見返していて、ふしぎなことに気がつきました。
嬉しかったことは、よく覚えているのです。はじめてうちに来た日のこと。具合が悪くなって心配した夜のこと。家族が増えた日の、ちょっと戸惑っていた顔のこと。
でも、普段の、何気ない日々のことが、思い出せないのです。
写真には、たしかにその日のうちの子が写っています。でも、その日にうちの子が何を見ていたのか。私はその時、何を感じていたのか。私たちのあいだに、どんな空気が流れていたのか。
写真は、その瞬間を切り取ってくれます。けれど、その瞬間の「感じ」までは、写してくれないのです。
嬉しいことや悲しいことは、強く記憶に残ります。でも、本当にうちの子と過ごした時間の大半は、そのどちらでもない、平穏な日常です。
一緒にごはんを食べた時間。窓辺で日向ぼっこをしていた午後。名前を呼んだら、ちょっとだけ顔を上げてくれた瞬間。
そういう、なんてことのない時間こそ、いちばん大切だったのではないか。そう思ったときに、こう感じました。
何気ない平穏な日常こそ、ちゃんと残しておくべきだ、と。
けれど、それを残すのは難しいことでした。
日記に書こうとしても、特別なことが起きていない日のことは、書きようがありません。SNSに投稿するにも、「今日もうちの子と過ごしました」だけでは何も伝わらない。普通の日常は、普通すぎて、形にする道具がなかったのです。
それで気がつきました。ものがたりという形にすれば、何気ない日常が、鮮明によみがえるのではないかと。
「今日はこんなことがあった」を、うちの子の物語として描き直すと、その時の空気、その時の感情、その時の小さなしぐさまで、ふっと立ち上がってくる。あとから読み返したときに、写真だけでは思い出せなかった「あの感じ」が戻ってくる。
物語は、記憶を整理する道具ではなく、記憶を呼び戻す鍵なのだと思いました。
「うちの子ものがたり」は、そんなふうにはじまりました。
特別な日のためのサービスではありません。何気ない毎日のためのサービスです。うちの子と過ごす、ふつうの一日を、ちゃんと残していくための場所です。
ここでお預かりするのは、ただのテキストデータではないと思っています。うちの子と過ごした、かけがえのない平穏な時間そのものです。その時間は、いつか必ず、何にも代えがたいものになります。
だから私たちは、広告で埋めたくありませんでした。売り急ぎたくもありませんでした。このサービスは、静かに、長く、続いていく場所でありたいと思っています。
もしあなたも、うちの子との何気ない時間を、ちゃんと残していきたいと思うなら、ここで、いっしょに紡いでいきませんか。
うちの子との、ふつうの一日が、ものがたりになりますように。
― Y.Baba

